
長野は白馬まで旅行に行ってきた。目的はスノーボードである。
南国出身の私は大学に進学するまでスノーボードというものをやったことがなかった。
一応、南国とはいえスキー場はあるにはあるのだが、1回しか行ったことがない。
大学で、北国出身の友人たちに連れられ、私もウィンタースポーツの道へと入っていった。
やはり初めのうちは難しく、なかなかうまくゆかないものであったが、いろいろと激しい運動をしている私は少々の衝撃なら我慢できるのだ。
身体中にアザができたころには、雪山を楽しむことができた。
しかし、やはり雪国出身の友人はうまい。
猛スピードで、バランスもすばらしく、魅せるプレーもできる。まさにエンターテイナーである。
私も負けてはいられない。
本を読み、ビデオを見、イメージをふくらませて雪山に挑んだはいいが、なかなか甘くない。
これはやはり経験と練習量に他ならない。
努力に勝る才能なし。
来年も来よう。滑り込んで、この感覚を身に着けたいものである。
しかし頂上からの雪山の景色は絶景であった。
南国ではお目にかかることのない銀世界。
真っ白な雪をかぶった山はまるで高級なスイーツのようで、本当に美味そうだ。
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私はビートルズが大好きであるが、この曲は最も好きな曲のうちのひとつに挙げられるほど好きだ。
Octopus's Garden
Richard Starkey(=Ringo Starr)作のこの曲は
アルバム「Abbey Road」と「1967-1970(青盤)」に収録されている。
曲の大半がレノン/マッカートニー作であるビートルズ名曲群のなかに、ひときわ目立つ一曲。
イントロ、アウトロのギターリフ、ギターのアルペジオ、ピアノ、安定したベース、ドラムのリズム。
どこか懐かしさの感じられる、耳に残りやすいメロディー、美しいコーラス。
程よく歪んだギターの音色に、優しく力強いピアノの音色、太くも美しいベースの音色、そしてそれらを優しく包んでいる珠玉のドラム。
曲調は、いわゆるオールディーズ・ロックバンド音楽の王道といった感じであろうか。
曲の構成や楽器などから、スタンダードな感じはする。
そこにきわだつリンゴの個性。
心拍程度の絶妙なリズムが、ゆったりとした贅沢な時間を私たちに与えてくれる。
そして曲目が「蛸の庭」とは、なんという世界観だろうか。
私は、ビートルズという神のような存在を陰で支えてきたリンゴの強烈な個性を感じたとき、えもいわれぬ感動に襲われたのだった。
Octopus's Garden
Richard Starkey(=Ringo Starr)作のこの曲は
アルバム「Abbey Road」と「1967-1970(青盤)」に収録されている。
曲の大半がレノン/マッカートニー作であるビートルズ名曲群のなかに、ひときわ目立つ一曲。
イントロ、アウトロのギターリフ、ギターのアルペジオ、ピアノ、安定したベース、ドラムのリズム。
どこか懐かしさの感じられる、耳に残りやすいメロディー、美しいコーラス。
程よく歪んだギターの音色に、優しく力強いピアノの音色、太くも美しいベースの音色、そしてそれらを優しく包んでいる珠玉のドラム。
曲調は、いわゆるオールディーズ・ロックバンド音楽の王道といった感じであろうか。
曲の構成や楽器などから、スタンダードな感じはする。
そこにきわだつリンゴの個性。
心拍程度の絶妙なリズムが、ゆったりとした贅沢な時間を私たちに与えてくれる。
そして曲目が「蛸の庭」とは、なんという世界観だろうか。
私は、ビートルズという神のような存在を陰で支えてきたリンゴの強烈な個性を感じたとき、えもいわれぬ感動に襲われたのだった。

先日、広島県内某所で節分の豆まきの鬼役をしてきた。
子供たちが豆を鬼と化した私にぶつけてくるのだ。
こういう行事ごとがあるときは必ず、ヒールの私は鬼や悪魔の役である。
なぜだ。私の素顔がまるで悪魔のような貌をしているからなのか。
しかし悪役なくして感動なしが私のモットーであるから、それは誇れるものと信じている。
思えば私がまだ幼稚園児、4歳のころであったろうか。
幼稚園の豆まき大会で、なぜか鬼の役であった。
覚えている。
皆、豆をまく側にまわっていた。鬼役は、私と先生の2人だけであった。
当時、私が鬼を志願したのか、まわりが推薦したのか、先生が推薦したのか。
どれかは覚えていないが、とにかく子供の鬼は私ひとりだったのだ。
まあ幼児のころから私は周りとは違っていたから、きっと自分から立候補したのであろう。
幼稚園で、画用紙に国旗を描くことがあったのだが、
皆が日の丸や星条旗、フランスやイタリアの国旗を描いていたのに対し
自分ひとり堂々とユニオンジャックを描いてしまうアナーキズム!
それはともかく。
私は子供が大好きであるから、小さい子供たちが喜び勇んで豆を投げる姿を、
面の下から暖かく見守ったつもりであるが・・・恐かったのだろうか。
もちろん、アクションスターを見習った動きで転げまわった。
そして、大人が投げる豆などに当たる私ではない。
ああ、子供たちが可愛らしくて仕方がない。
巨悪を退治せんと力の限り正義を振りかざす子供たちの姿は微笑ましく、
巨悪に涙してしまう子供たちはまた素直で可愛らしい。
男児は強く逞しく、そして正しく。
女子は優しく愛深く、純粋に育ってほしいものである。
そのためになら私は何度でも鬼となろう。
ところで、写真が今回の鬼の姿である。
今回は私の私物から変身しているので、日本の鬼の格好にはなっていない。
どこか、某国の国技であるアメリカンスポーツのユニフォームに、
某スプラッターか、某アメリカン(カナディアン)スポーツのゴーリーのような面。
日本の文化は完全に無視しているが、子供たちが豆を投げてくれたからよしとしようではないか。
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