マスクマンブログ

中学教師、女子高校生を救う

感動した
アパートで悲鳴を聞いた中学教諭(25)が100m先の現場で女学生を助け
その後犯人を追いかけ取り押さえたという

教諭の強さにも感動したが、その勇気に感服した!
私もそうありたい

もちろん私もそのような場面に遭遇したら、容赦ない攻撃を浴びせるだろう
その時はもちろん空中殺法ではなく、スープレックスとサブミッションで決まりだ

節分

setubun

先日、広島県内某所で節分の豆まきの鬼役をしてきた。
子供たちが豆を鬼と化した私にぶつけてくるのだ。

こういう行事ごとがあるときは必ず、ヒールの私は鬼や悪魔の役である。
なぜだ。私の素顔がまるで悪魔のような貌をしているからなのか。
しかし悪役なくして感動なしが私のモットーであるから、それは誇れるものと信じている。

思えば私がまだ幼稚園児、4歳のころであったろうか。
幼稚園の豆まき大会で、なぜか鬼の役であった。
覚えている。
皆、豆をまく側にまわっていた。鬼役は、私と先生の2人だけであった。

当時、私が鬼を志願したのか、まわりが推薦したのか、先生が推薦したのか。
どれかは覚えていないが、とにかく子供の鬼は私ひとりだったのだ。
まあ幼児のころから私は周りとは違っていたから、きっと自分から立候補したのであろう。
幼稚園で、画用紙に国旗を描くことがあったのだが、
皆が日の丸や星条旗、フランスやイタリアの国旗を描いていたのに対し
自分ひとり堂々とユニオンジャックを描いてしまうアナーキズム!

それはともかく。
私は子供が大好きであるから、小さい子供たちが喜び勇んで豆を投げる姿を、
面の下から暖かく見守ったつもりであるが・・・恐かったのだろうか。
もちろん、アクションスターを見習った動きで転げまわった。
そして、大人が投げる豆などに当たる私ではない。

ああ、子供たちが可愛らしくて仕方がない。
巨悪を退治せんと力の限り正義を振りかざす子供たちの姿は微笑ましく、
巨悪に涙してしまう子供たちはまた素直で可愛らしい。
男児は強く逞しく、そして正しく。
女子は優しく愛深く、純粋に育ってほしいものである。
そのためになら私は何度でも鬼となろう。

ところで、写真が今回の鬼の姿である。
今回は私の私物から変身しているので、日本の鬼の格好にはなっていない。
どこか、某国の国技であるアメリカンスポーツのユニフォームに、
某スプラッターか、某アメリカン(カナディアン)スポーツのゴーリーのような面。
日本の文化は完全に無視しているが、子供たちが豆を投げてくれたからよしとしようではないか。

はじめまして



昼は普通の一般人、夜はマスクをかぶってあらゆるところに出没している。
主にライブハウスなどで音楽をやっている。
現在広島在住 いつ何時誰とでも。

一緒に音楽をしてくれる仲間を常に募集している。
メンバーに制限はない。
10人でも20人でも大丈夫だ、100人でも1000人でもいい。
我が団体にはまだまだ選手が必要なのだ。
入れ替わり立ち替わりで唄ってくれ、演奏してくれ。
何なら漫談でもコントでもいい。
本当は、私は演奏よりダンスがしたい。
ルチャドールの血がさわぐのだ。
プロレスをやってくれる仲間がいれば本当に最高だ、客に魅せよう。
ライブハウスを占拠しようではないか。

私は本来の音楽というものを復活させたい。
太古の音楽とはどんなだったろう。
豊作を祝い、火を囲み、太鼓を叩き、踊りながら楽しんだのではないかと想像している。
現代の音楽はどうだ、商業でしかない。
しかしその近代情報化により世界中に音楽をばら撒くことが可能となったから皮肉である。
この話はかなり長くなるのでまた後日書かせてもらう。

つまり簡潔に言わせてもらうと、もっと誰しもが音楽を楽しむことができるようにしたい。
ライブを見に来てくれた少年少女たちを舞台に上げたい。
阿波踊りの精神である。
踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損。
私の曲や演奏などでよかったら、君の魂も舞台の上で爆発させてみないか。

この音楽が人々の幸せ、元気、ストレス解消につながれば本望である。
そしてその音楽は私が作るものではなく、人々が皆で創るものである。


いつ何時誰とでも 挑戦者はご一報。
http://www.geocities.jp/themusicaholica